2026年9月15日、元グラビアアイドルの田口あわさんが、同月9日に28歳で亡くなっていたことが明らかになった。
訃報を公表したのは、田口さんが「膣ギロチン」の名前でバーテンダーを務めていた東京・歌舞伎町のBAR「東京砂漠」だった。
田口さんはグラビアアイドルとして活動した後、白鳥あわへ改名。俳人やバーテンダーとしても活動し、SNSで大きな話題となった「サイゼで喜ぶ妻」の本人としても知られていた。
葬儀は親族のみの家族葬として執り行われ、死因や亡くなった詳しい状況は公表されていない。
この記事では、田口あわさんの訃報と死因、プロフィール、グラビア活動、「サイゼで喜ぶ妻」の真相、結婚と離婚、俳号「膣ギロチン」に込められた背景を整理する。
田口あわさんが28歳で死去
2026年9月15日、歌舞伎町にあるBAR「東京砂漠」が公式Xを更新し、同店で働いていた田口あわさんの訃報を伝えた。
発表によると、田口さんは9月9日に死去。親族から店側へ連絡があったという。
葬儀は親族のみの家族葬となり、店側は田口さんを応援してきた人や、一緒に時間を過ごした人へ感謝を示した。
突然の訃報を受け、SNSにはグラビア時代からのファンやBAR東京砂漠の客、俳句や酒場を通じて交流していた人から追悼の言葉が相次いだ。
田口あわ、白鳥あわ、膣ギロチンという異なる名前で活動していたため、それぞれの場所で田口さんを知った人たちが突然の別れを惜しんでいる。
田口あわさんの死因は何?
2026年9月15日時点で、田口あわさんの死因は公表されていない。
病気で療養していた、事故に遭ったなどの具体的な情報も発表されておらず、亡くなった場所や当時の状況も不明となる。
28歳という若さだったことから、SNSでは死因をめぐるさまざまな推測も出ているが、親族やBAR東京砂漠は死因について触れていない。
過去の離婚や精神的に不安定だった時期と今回の死去を結び付ける根拠もない。
現段階で確認できるのは、2026年9月9日に亡くなったこと、享年28歳だったこと、葬儀が家族葬として執り行われたこととなる。
田口あわさんのプロフィール


田口あわ
- 別名義: 白鳥あわ
- 俳号・バーテンダー名: 膣ギロチン
- 本名: 非公表
- 愛称: あわちゃん、あわ氏
- 生年月日: 1998年5月12日
- 没年月日: 2026年9月9日
- 享年: 28歳
- 出身地: 三重県津市
- 血液型: A型
- 身長: 151cm
- スリーサイズ: B100cm・W59cm・H85cm
- バストサイズ: Jカップ
- 靴のサイズ: 22.5cm
- 職業: グラビアアイドル、タレント、俳人、バーテンダー
- 所属事務所: 元R.I.P所属、退所後はフリー
- 趣味: 俳句、プロレス観戦、麻雀、ボートレース、お笑いライブ、飲酒
- 好きなもの: ちいかわ、びわ
- SNS: X「@taguchiawa」
田口あわという名前が本名なのか芸名なのかは、公式には明らかにされていない。
グラビアでは田口あわ、独立後は白鳥あわを使用し、俳句やBARでは膣ギロチンと名乗っていた。
グラビアを目指したきっかけは『バカ殿様』
田口さんがグラビアアイドルに憧れたきっかけは、幼少期に見ていた『志村けんのバカ殿様』だった。
番組に登場する腰元役に憧れ、腰元をグラビアアイドルが演じていることを知ったことで、自身もグラビアの世界を目指すようになったという。
ただし、当初から東京で芸能活動をしていたわけではない。
大学時代は名古屋周辺で生活しており、その後の結婚や夫の転勤をきっかけに仙台から東京へ移った。
東京で暮らすことになった際、年齢的にもグラビアへ挑戦する最後の機会だと考え、芸能事務所へ所属。2022年9月頃から「田口あわ」として本格的に活動を始めた。
大学時代に暴力や軟禁状態を経験したと告白
田口さんは生前のインタビューで、大学時代に名古屋で同棲していた男性から暴力を受け、自由に外出できない状態だったと語っている。
本人の説明によると、家に閉じ込められるような生活の中で、SNSが数少ない外部との接点になっていたという。
田口さんはSNS上で知り合った男性に自身の胸の写真を送る「おっぱい活動」をしており、その相手の一人が後の夫だった。
やり取りを続けるうちに親しくなり、男性が東京から名古屋まで車で迎えに来たことで、当時同棲していた男性と別れることができたと説明している。
新しい住居の保証人になるなど生活の立て直しも支えてもらい、大学在学中に結婚が決まった。
田口さんは、この出会いと結婚を自ら「おっぱい婚」と表現していた。
なお、同居していた男性からの暴力や軟禁状態については田口さん本人が語った内容であり、相手側の説明や公的な認定は確認されていない。
「サイゼで喜ぶ妻」としてSNSで大きな話題に

田口さんが広く知られるきっかけとなったのが、2022年2月にXで投稿された「サイゼで喜ぶ妻」だった。
当時の夫が、サイゼリヤで食事を喜ぶ妻の写真を投稿。顔はスタンプで隠されていたものの、自然な笑顔や写真の雰囲気が注目され、投稿は大きく拡散された。
当時の田口さんは、まだグラビアアイドルとしてデビューする前だった。
同年9月頃に芸能活動を始めた後も、顔が隠されていたことから、グラビアファンの多くは「サイゼで喜ぶ妻」と田口あわが同一人物だと気付かなかったという。
同じ時期には「サイゼで喜ぶ彼女」と題したイラストも話題になっていたが、田口さんが写った「サイゼで喜ぶ妻」の写真とは別の投稿となる。
田口さんが本人であることを公表したのは、離婚後の2024年だった。
グラビアアイドルとしてDVDや写真集を発売


田口さんは、Jカップのスタイルと俳句を組み合わせた「俳句グラドル」として活動した。
主な作品は次の通りとなる。
- 1st DVD『あわあわしちゃう?』
- 2nd DVD『あわわわわ』
- 電子写真集『週刊GIRLS-PEDIA049 田口あわ』
- VRグラビア作品
- 撮影会や配信番組への出演
1st DVD『あわあわしちゃう?』は2023年3月22日に発売された。
3月25日に行われた発売イベントでは、自身の名前と作品名を盛り込んだ俳句を披露。グラビアだけでなく俳句を大切にしていた田口さんらしいイベントとなった。
2023年9月20日には2nd DVD『あわわわわ』を発売。2024年1月には、KADOKAWAから電子写真集『週刊GIRLS-PEDIA049 田口あわ』も配信された。
小柄な体格とJカップのスタイルに加え、俳句という珍しい特技を持つグラビアアイドルとして活動の幅を広げていた。
「膣ギロチン」は俳号でバーテンダー名
田口さんを語る上で欠かせないのが、「膣ギロチン」という強烈な名前となる。
膣ギロチンは単なるSNS上の別名ではなく、田口さんが俳句活動やBARで使用していた俳号兼バーテンダー名だった。
田口さんはグラビアデビューから約3カ月後、歌舞伎町のBAR東京砂漠でバーテンダーを始めた。
当初は、清楚な黒髪の「俳句グラドル・田口あわ」と、下ネタも含めて自由に発信する「膣ギロチン」を別人格として使い分けていた。
所属事務所にはBARで働いていることや別名義の活動を伝えておらず、後にマネージャーが店を訪れて発覚したという。
事務所側はアルバイト自体よりも、「膣ギロチン」という名前のインパクトに驚いたと本人が明かしている。
BAR東京砂漠で見せていた別の顔
BAR東京砂漠は、東京都新宿区歌舞伎町1丁目にあるバーとなる。
歌舞伎町の「思い出の抜け道」と呼ばれる一角にあり、さまざまな経歴を持つ人物がゲストバーテンダーとして立つ、サブカルチャー色の強い店として知られている。
田口さんはグラビア活動中から同店に立ち、離婚や事務所退所後も膣ギロチンとして働いていた。
店ではグラビアファンだけでなく、俳句や酒、お笑いなどを通じて知り合った人とも交流していた。
田口あわとしての活動を知らず、BARで膣ギロチンとして接していた客も少なくなかったという。
2024年3月に離婚
田口さんは2021年に23歳で結婚し、2024年3月に離婚した。
離婚理由について、本人は元夫のリボ払いや金銭管理をめぐる問題があったと説明している。
田口さんのアルバイト代を返済に充てることもあり、金銭の使い方を見直してほしいと伝えたところ、元夫から離婚を求められたという。
田口さん自身は離婚を想定しておらず、大きなショックを受けたと語っていた。
撮影会へ行く準備をしても、外出すると涙が止まらなくなるなど仕事を続けることが難しくなり、複数の仕事を休んだ末に所属事務所を退所した。
結婚していた事実を事務所に明かしていなかったため、事務所側には事情が伝わらず、単に仕事を休んだ人物と思われた可能性があると本人は振り返っている。
離婚理由や金銭問題は田口さん側の説明であり、元夫側と認識が一致していたかどうかは確認されていない。
離婚後も元夫を「王子様」と表現
離婚後、田口さんは元夫との復縁を否定する一方、過去に自身を救ってくれた存在として感謝を語っていた。
大学時代の苦しい生活から連れ出し、名古屋を離れるきっかけをつくったこと、結婚後の転勤で東京へ移り、憧れていたグラビア活動を始められたことを理由に挙げている。
田口さんは元夫について、離婚後も自身にとっての「王子様」だったと表現していた。
結婚生活の終わりと、過去に受けた支援への感謝を分けて考えていたことがうかがえる。
白鳥あわへ改名しフリーで再出発
事務所を退所した田口さんは、「白鳥あわ」に改名してフリーランスのグラビアアイドルとして再出発した。
2024年9月のインタビューでは、自身が「サイゼで喜ぶ妻」であること、離婚していたこと、膣ギロチンとしてBARで働いていることを公表した。
それまで別人格として扱っていた田口あわと膣ギロチンを統合し、自分の趣味や発言を隠さずに活動するようになった。
清楚な俳句グラドルというイメージを守るため、以前は下ネタや自由な発言を抑えていたが、正体を公表した後は「生きやすくなった」と話している。
一方、膣ギロチンの名前が広まりすぎたことで、白鳥あわとしてのグラビア活動が目立たなくなったとも語っていた。
2025年には配信番組『芸人キャノンボール2025』への出演記録もあり、グラビア以外の活動も続けていた。
俳句に本気で取り組んでいた
強烈な俳号に注目が集まりやすかった田口さんだが、俳句は一時的な話題づくりではなかった。
毎週のように句会へ参加し、グラビアの発売イベントでも俳句を披露するなど、本格的に取り組んでいた。
生前に語っていた目標は、角川俳句賞を受賞することだった。
さらに、俳句とグラビアを組み合わせた写真集を出版したいとの夢も明かしていた。
田口さんにとって俳句とグラビアは別々の活動ではなく、言葉と身体表現を組み合わせるための二つの方法だったと考えられる。
田口あわさんの経歴を時系列で整理
1998年5月12日
三重県津市で生まれる。
大学時代
名古屋周辺で生活。
本人によると、当時同棲していた男性から暴力を受け、自由に外出できない状態だった。
SNSを通じて後の夫と知り合い、生活を立て直した後、大学在学中に結婚する。
2021年
23歳で結婚。夫の仕事の関係で仙台に住み、その後東京へ移る。
2022年2月
当時の夫が「サイゼで喜ぶ妻」と題した写真をXへ投稿し、大きな話題となる。
2022年9月頃
芸能事務所R.I.Pに所属し、田口あわとしてグラビア活動を開始する。
2022年末頃
歌舞伎町のBAR東京砂漠で、膣ギロチンとしてバーテンダーを始める。
2023年3月22日
1st DVD『あわあわしちゃう?』を発売する。
2023年9月20日
2nd DVD『あわわわわ』を発売する。
2024年1月1日
電子写真集『週刊GIRLS-PEDIA049 田口あわ』が配信される。
2024年3月
夫と離婚。精神的に不安定な状態となり、仕事を休むことが増え、所属事務所を退所する。
2024年9月
白鳥あわへの改名、「サイゼで喜ぶ妻」の本人であること、膣ギロチンとしての活動を公表する。
2024年以降
フリーのグラビアアイドル、俳人、バーテンダーとして活動する。
2026年9月9日
28歳で死去する。
2026年9月15日
BAR東京砂漠が公式Xで訃報を発表。葬儀は親族のみの家族葬と伝えられる。
まとめ


元グラビアアイドルの田口あわさんが、2026年9月9日に28歳で亡くなった。
9月15日、田口さんが膣ギロチンとして働いていた歌舞伎町のBAR東京砂漠が訃報を公表した。
田口さんは2022年にグラビア活動を開始し、『あわあわしちゃう?』『あわわわわ』などのDVDを発売。俳句を特技とするJカップグラドルとして活動していた。
グラビアデビュー前には、当時の夫が投稿した「サイゼで喜ぶ妻」の写真がSNSで大きな話題となった。
2024年3月の離婚と事務所退所後は白鳥あわへ改名し、俳号兼バーテンダー名の膣ギロチンも公表。フリーのグラビアアイドル、俳人、バーテンダーとして活動を続けた。
角川俳句賞の受賞と、俳句とグラビアを組み合わせた写真集の出版を夢として語っていたが、実現を前に28歳で亡くなった。
死因や亡くなった詳しい状況は公表されておらず、現時点で確認できる情報は限られている。

